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お元気ですか

 投稿者:ヘロン久保田雅子  投稿日:2015年 5月24日(日)07時45分50秒
返信・引用
  昨年は貴重な時間をシェアして頂き、楽しい時間をありがとうございました。今年も4日だけ松山に里帰りをしたのですが、主に97歳になる母の今後の生き方を親戚と話し合う目的でしたので、十分に時間がなく連絡が出来ませんでした。別便で、アールデコー調の町並み保存を進めているグループが作成した本を送ります。マイアミ・ビーチの突端にある地域ですが、地中海を思わせるカラフルなデザインや、1930年代のマイアミを彷彿させるホテルなど、高層ビルが立ち並ぶ中で、アールデコーを懐かしむ人たちにとっては人気のあるホテルや、レストランが立ち並ぶ、一角です。カラフルで、楽しい冊子なので、お楽しみ下さい。そしてぜひマイアミにもお越し下さい。お元気でお過ごし下さい。
雅子
 
 

久し振りです。

 投稿者:近藤庸平どうよう  投稿日:2013年 9月29日(日)01時00分51秒
返信・引用
    お元気にお過ごしですか??
時々、岡田さんのHPを覗いています。
先の6月11日で、満64歳に成りました。火木土曜日の3日間も
飯田市立病院へ通院です。平成22年11月2日からですので、
間も無く3年です。自分では、磔の刑と言っては通院していますが、
  もともと自由奔放に生きて来ましたので、自由を奪われるのは大変です。
メールも打っておきますので、よろしくお願い申し上げます。
 

畑山から

 投稿者:圭子  投稿日:2011年 1月11日(火)18時32分39秒
返信・引用
  更新ままならぬ、父の掲示板。
せめて年明けくらいは・・・とお尻を叩いたところの更新でした(笑)

内容に、年だなぁと思いながらも、
相変わらずの岡田節にどこかホッとしてます。


さて、岡田文淑と出会って7年。
小娘のことなんて覚えない岡田さんに
一人の人間として認識されたのは後のこと。

でも、変人同士、意気投合し
親子のような付き合いになって
6年といったところでしょうか。

私が昨夏、嫁いだ畑山。
6年前に初めて訪れようとしたときも相談に乗ってくれたし、
畑山で感じたことを報告したのも覚えてます。

全国津々浦々。
講演旅行に連れて行ってくれ、
いろんなものを見聞きさせてくれました。
やりたいこと、主張したいことで壁にぶつかる度
私のくだらない泣き言に付き合ってくれた父でした。

そんな父との出会いと付き合いも
今回の決断の一因だと思ってます。


評論家ではなく、当事者として
田舎暮らしをしていきたいと思ってます。

お父が言う「村の自立・自律」を実践したいと思ってます。


結婚・退社・移住してから数か月。
これまでにも、
むらづくりの当事者のつもりだったこともあったけれど
本当の意味でのむらづくりの当事者になったんだと実感してます。

お父や旦那さんがぶつかった大きな壁、小さな壁。
乗り越えてきたことの凄さが、身に染みてわかるようになった気がします。

「泣き言は、いつものこと」

まだまだ皮肉たっぷりの元気なお父でいてね。

1月29日のシンポジウムは、初めての共演だね。
お手柔らかにお願いします。
 

新年のご挨拶

 投稿者:岡田文淑  投稿日:2011年 1月 7日(金)20時22分34秒
返信・引用
  2011.1.1
明けましたおめでとうございます。
今年もまた一つ歳を取りました。1月15日で満71才になります。70才を迎えた昨年も、月々の抗ガン剤投与の繰り返しで生き延びたのかも知れません。ただ、体力の衰えはいかんともし難く、その分気力にも限界を感じた1年でした。気持ちの上で情けない限りです。それでも多くの方々の支えの下で、ささやかでしたが何とかお手伝いが出来のではないかと思っています。公私にわたってのご指導ご鞭撻に心より感謝申し上げます。
 振り返ってみると、まだまだ社会的な自分への役割が与えられ、結構忙しい思いで日々を送ったような1年でもありました。役に立つ老後であることに安堵しながら、近い日には、役に立たない老後になるだろうし、さらには社会に負を与える老後になることに一抹の不安を抱いていることも事実です。

何を基準にして豊かさを感じるのかは、人それぞれ多様な価値観の下に置かれるのでしょうが、巷で聞く老後の年金の額が数万円、生活費に医療費にと限りない支払いが日々の難渋の課題とか。低所得とそれを補う社会保障の未熟からくる不安は老人ばかりではなく、保育所に入れない幼児たち、就職難にあえぐ大学生、リストラに生われる企業戦士と、不安の要因は尽きないこの頃です。こんなことを反映してか、面白いデータがあります。
レスター大学(イギリス)社会心理学者エイドリアン・ホワイト氏の調べによる「国民の幸福度ランキング」(2006年)によると、我が国(日本)は90位。1位からデンマーク、スイス、オーストリア、アイスランド、バハマ、フィンランド、スウェーデン、ブータン、ブルネイ、カナダの国々がベスト10を占めています。ここには、福祉、医療、労働といった、日本流にいえば弱い人たちへの共生とでもいうべきなのか、国家観の違いが見え隠れすることと、ブータンのように総幸福論に裏打ちされる価値観の違いがあることは当然です。豊かさ=モノやお金ばかりではないもっと大切なものに対する価値を共有したいものです。
私など、贅沢を求める立場ではないのでしょう。公務員という前歴を持つが故に、医療費の負担を除いて考えれば何とか食える老後です。みんなに乞われて、使われての社会参加は当然の責任なのかも知れません。

さて、昨年1年を振り返ってみると、結構心に残る色んな出来事がありました。
我が娘のように愛しんできた藤田圭子さんが嫁ぎました。巣立ったといいたい気持ちです。早稲田大学の頃から農山漁村の好きな娘でしたが、その頃からの長い付き合いでした。宇和島市の遊子水荷浦で、天まで届きそうな段畑を地域の遺産として何とか残したい、そして貧しくても良いから、こんな漁村で暮らしたいと、一緒に村並み保存運動に付き合ってくれた。彼女には教えたこと以上に教えられた。愛媛で暮らすには有り余るほどの収入の途を断ち、高知県安芸市の山里に嫁いでいった。未知の世界の中に、限界集落を越えるような地域の再生に夢を持つ殿方を見つけだし、自らの夢追いと人生への挑戦なのだろう。開拓への限りないでっかい社会実験といっても良いだろう。お圭のことだから、がんばってくれるだろう。

平成17年から始まった卯之町の町並み保存対策のお手伝い。市長にも保存への強い思い入れがあり、手伝うことになったが、何しろ役所体質が悪すぎる。役所体質とは、そのまま職員の資質の表れであり、町並み保存に関して内子に後れること20余年も当然の結果であろう。以来5年間、担当者に対する職員研修としての手取、足取りの連続であった。何よりも言葉が通じないのがまちづくりとしての一番の難しさ。何よりも対住民に対する考え方が根底から違うのであるから大変。このことは市長以下の肩書き組み全てに共通する課題でもある。それでも何とか重伝建地区への選定取付までに漕ぎつき、全国の仲間入りが出来た。
むしろ、地域づくりとしてスタートライン辿り着いたといった方が正確なのだが、行政諸氏はこのことを完了、完成と勘違いをしている。早々と観光振興ばかりに目が向き、まちをつくり、町を守り育てる人づくりには頓着ない。このことをいかに理解させるのか、今年の大きい課題である。

昨年から、石畳でもりそばを中心に小さいビジネスへの挑戦が始まった。これまでの20年間、村おこしとか地域づくりとかいって、ボランティアで汗を掻いてきた。それなりに地域づくりとして評価され、二度に亘って大臣表彰まで受賞した。だからどうなんだ、限界集落への足音は少しずつ聞こえてくる。暮らしを支える稼ぎ(ビジネス)に無関心でいるわけにはいかない。
思いを共有する仲間10人で企業組合を立ち上げた。誰も来ない石畳のむらの中でそば屋の開業、大変だけれども挑戦の中から学ぶことが不可欠のことと考えると、赤字になってもそれなりに必要な授業料であろう。今年もまた、みんなで悩んで話題と課題を作ることに挑戦である。

また、私にとって、身近で一番の課題は、地域自治会の自立へ向けた活動の在り方である。何しろ現役の自治会長三期目である。
長年にわたって、暮らしを支える地域のことは全て行政の責任と、依存心ばかりが増長し、自治としての地域への関わりが忘れ去られてきたのが昭和の時代。平成の時代の自治会活動とは、こんな住民の心を自立させるための運動体でもある。
今、限界集落は山村ばかりの問題ではない。人口数千人の街場のコミュニティすら機能しなくなりつつある。隣人同士が共生する仕組みが蔑ろにされてきたことにも起因する。冠婚葬祭の全てがビジネス化され、地縁の絆が崩壊した。テレビとコンビニ、スーパーで暮らしの全てが満たされる。そして地域社会参加への人的環境は高齢化し、1人暮らしと介護への支援までが自治会への役割になりそうだ。地域づくりだ、まちづくりだと格好いいことを口にして講演旅行を繰り返してはみるものの、我ながらこんなフィールドの中に置かされて、はじめて地域との正面に向かった闘いの前に、果たして何が出来るのか、自問自答の繰り返しの中に2011年の幕開けである。

今年1年お付き合いをよろしくお願いします。
 

Re: 謹賀新年と薩摩芋

 投稿者:ダバオの日本人メール  投稿日:2010年 1月 1日(金)16時06分8秒
返信・引用
  > No.68[元記事へ]

岡田文淑さんへのお返事です。 まったく環境がおなじですね、 廣島の楽々園で宮島線の道路両脇に薩摩芋を植えて母の手助け、親爺はインパールで 生死をかけての仕事、日本は無し無し尽くめの辛抱生活、 我、小学5年生、、ピカドンで比治山の駅長爺ちゃん婆ちゃんが危ない、、、 即、下の弟と急行した、 途中、川の中は人と馬と動物の死体で満杯、、 語れば永い悲惨な体験です、、あ~あ~ 今、ダバオでターザン生活、、 > 今年1年お付き合いをよろしくお願いします。
 

謹賀新年

 投稿者:岡田文淑メール  投稿日:2010年 1月 1日(金)11時59分23秒
返信・引用
  2010.1.1

明けましたおめでとうございます。
また一つ歳を取りました。1月15日で70才になりました。何とか70年生きてきたと言った方が良いのでしょう。そして、70年間公私にわたってのご指導ご鞭撻に心より感謝申し上げます。

物心が付いた頃からのことを振り返ってみると、1940年が出生、1945年が終戦、その翌年が小学校一年生。入学式など晴れ着といえるものもなく、下駄履き入学。ガラス窓が割れた校舎、運動場の隅々にはイモ畑が畝を並べている。戦後の教育を受けた一期生なのか。今の塾に通う子供たち、お受験に追いまくられる子供たちと、子育てに追われる親の実情は理解しがたい思いです。小、中、高共に遊びが成長のための勉強であって、遊びの合間に先生への義理として学習のまねごとをした程度。それでもいつの間にか高校を卒業し、20歳を迎えることができた。
この頃までは、まだまだ「貧困」が日々の暮らしの常道。貧困といっても、今の日常を基準にして考えるからそういえるのかも知れません。主食の多くを野菜に頼り、外米、古々米も手に入ればいい方、衣、食、住の全てが「倹約」から始まる暮らし。本物のエコロジカルなライフスタイルでした。「買う」ことが当たり前の今日では、想像ができないほどの貧困を体験した人間の独りになりつつあります。
1960年が成人と「安保」。テレビもない時代のこととはいえ、日本に米軍の基地を持ち込もうとする保守勢力、日本の民主化のためには許すまじとする政治課題を掲げた全学連、労働組合の闘いとも言える運動の日々のことが新聞を賑わす。私自身は、この頃から民主主義のようなものを感じ始めたようです。面白いもので民主主義なんて難しい表現をすることよりも、権利への意識が芽生えるに従って、公平とか、平等、差別意識など、人間らしい有り様に思いを寄せるようになり、いつの間にか世の中の矛盾に気付き、不平等への現実に対してものが言いたくなってしまう。「革新性」なんてこともこんな経験の中から生まれてきたのかも知れません。
 昨年の年賀状の中の一文に次のようなことを引用しました。
「このように混乱した世情の中で、蟹工船(小林多喜二著)が売れていると報道されています。貧困の民よ怒れ、そして団結しろ、立ち上がれと呼びかけているストーリーに共鳴していることかも知れません。このことで国民の心が動くのであればいいことでしょうが、マイホームの中で家電に囲まれ、冷凍庫には食べきれないほどの食材がストックされる。車を持ってゴルフ、レジャーと私の時間を消費する「豊かな国・日本」の今では、蟹工船に観る貧困と過酷な労働環境は、知識の域として知るばかりでしょう。」
 今の日本は、貧困と不景気が一体のものとして考えられているようですが、景気でもって「豊かさ」を実感している限り、節操のない金権社会がつくられ、守られるのでしょう。いつの間にか国際社会の中で「品格のない日本」に成り下がっていることも実感できそうです。そして、真の豊かさはとはどんなものかが、容易に見えてこないのかも知れません。

 野村前監督がグチることでらしさを発揮し、多くのファンに愛されてきましたが、私など愚痴れば愚痴るほど嫌がられる。野村監督と比較するほど増長はしていないつもりですが、モノも言いようで好かれもするし、嫌われするものと頷いています。
 言って嫌われて、言わなくて好かれる。こんな人間関係って何だろうとも考えたりします。好かれるとか、嫌われるとかの社会的な有用性なんてあるのだろうかと、ふと考えたりもします。誰だって好かれた方が良いに決まっていると定義づけて良いものでしょうか。
 公務員の世界といえば、なぜか仲良しクラブ。企業組織にしてもそうかも知れません。この社会のことを皮肉ると、「言わぬが花」、出世するためにはもの言わぬこと。出世するには見て見ぬ振りで通すこと。つまりは自分さえよければそれで良し、全て良し。組織社会は自分のために回っている。
こんな社会が嫌で仕方がない。愚痴はこんな思いから出てくるのでしょう。とはいえ、愚痴が出ている間は元気な証と、勝手に頷いています。
今年1年お付き合いをよろしくお願いします。
 

お世話になりました

 投稿者:山口浩久メール  投稿日:2009年 2月 6日(金)23時56分54秒
返信・引用
  初めての内子町視察でした。岡田様を始め内子町の地域づくり文化をつくられた方々とのご縁が出来たことを嬉しく思っています。
今後ともよろしくお願い致します。

http://www.h-yamaguchi.com/

 

あけました。

 投稿者:池田屋  投稿日:2009年 1月 2日(金)11時43分55秒
返信・引用
  新年、おめでとうございます。なんと時間のたつのが、はやいことか。
引き算をすることの難しさは、容易な事ではないと感じて、早何年。
「大変大変」ということに、少しいいわけの要素を含んで、何を引くのか といううより、+ことが当たり前になってしまった自分の暮らしに、やっときづきはじめたところでしょうか、、、。
ふつうのおばちゃんは、日々この町で暮らして子供を育てれることが、この上ない幸せですが、視野をもう少しひろげるためには、難しい本もよんでみようか、と、新年には思っています。
先達のありがたみ、常に、感じています。じれったいかもしれませんが、つま先は、前むいてます。今年も、どうぞ、あきらめずに、よろしくおねがいします。
 

明けましておめでとうございます

 投稿者:岡田文淑  投稿日:2009年 1月 2日(金)11時03分45秒
返信・引用 編集済
  新年明けましておめでとうございます。


2008年は「悲惨」と言っても良いくらい不幸な一年ではなかったでしょうか。
10大ニュースを見ても
▼中国産食品の中毒事件
▼福田首相の政治の投げ出し
▼無差別殺傷など凶悪事件の数々
▼後期高齢者の姥捨て山化
▼ガソリン価格の乱高下  など
世の中の退廃振りは、
地球環境の悪化以上のものがあるのではないでしょうか。

このように混乱した世情の中で、
「蟹工船」(小林多喜二著)がブームになっているようです。
「貧困の民よ怒れ、そして団結し、立ち上がれ」
と呼びかけるストーリーに共鳴してのことかも知れません。
しかし、マイホームの中で家電に囲まれ、
冷凍庫には食べきれないほどの食材がストックされ、
休日には自家用車でゴルフなどのレジャーに
私的な時間を消費する「豊かな国・日本」では、
「蟹工船」に観る貧困と過酷な労働環境は、
知識の域を抜け出せないのではないでしょうか。

五木寛之著「人間の覚悟」の中に、
下山の哲学という文章があります。
山登りには、必ず山下りがある。
人は、皆平地に降り立ったとき、
はじめて登山の醍醐味を体感するという。
それは、無事に下山することの難しさを説いているのかも知れません。
例えば、食品偽装事件を起こした会社の社長は、
かつては会社を大きくしようと、
社員を養って技術を磨き、
それぞれの業界でトップの地位に上り詰めた人たちでしょう。
しかし、その後の顛末を報道で見る限り、
お金を持つという欲望ばかりが先行し、
人の道を踏み外し、「信頼」を投げ出してまで頂上を目指していたようです。
そこまでして上り詰めなければならない「なに」があるのでしょうか。

まちづくりを進める中では、
メンタル的なものとして「まちづくりが何を求めるのか」
ということを大切に考えたいものです。
地球環境の悪化にしろ、バブルと呼ばれる経済の有り様にしろ、
「人が為す『分』を超えた欲望のツケ」が大きい要因と信じざるを得ません。
先ずは、自分たちの暮らしを
10年前、20年前、30年前へと遡って検証したとき、
どこかで「必需」から「虚需」に踏み外した時代があり、
逸脱した思い違いが「消費は美徳」という言葉を生み、
称賛し、世の中を変えてきたのでしょう。
例えば、『無くて済むもの』を求めない勇気を
持つこともまた引き算型まちづくりの中に位置づけてはいかがでしょう。

自分に何ができるのかと問われても、
齢69になっては気力も体力も年金並みの貧弱さ。
じれったい思いばかりが頭をよぎります。
何となく侘びしい正月の戯言が新年の挨拶になってしまい、
申し訳なく思います。
世の中明るい方向へ思考のアンテナを張らなければならないのに、
なぜか明るくするための影の部分にばかり目が向き、
正月早々不愉快な気持ちで読まれたのかも知れませんがお許し下さい。

今年一年、いい年になるために、がんばりましょう。

              岡田文淑
 

更新のお知らせ

 投稿者:管理人  投稿日:2008年12月28日(日)22時05分19秒
返信・引用
  岡田の重い腰がようやく上がり、11月15日開催の基調講演をまとめることができました。
http://www.geocities.jp/o_fumiyoshi/html/kouenroku/tsushima.html

地域づくり全国研修会交流会愛媛大会、第8分科会での講演です。
 

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